2015.9.6
思想の停滞があるとテクノロジーも停滞する、というのが前回の流れでした。
これを明治維新の日本に当てはめてみます。
まず明治維新には、技術の横移動ということがあったのでしょうか?
そうそう、そうなんです。
昔日本の外交官がイギリスの外交官か政治家に向かって、皮肉を言った、
と聞いたことがあります。
“日本は、江戸時代までアートの国だった。
明治時代になり開国し、人の殺し方を学んだ。
するとあなた方西洋人は、日本はCivilisedした(文明化した)、と絶賛した”
明治開国前ですが、ペリーの黒船蒸気船の到来、これは技術のパワーを見せ付けられ
た典型的な瞬間の一つだったのではないでしょうか。
薩長戦争による大砲のパワー、開国後は東京~横浜?の蒸気機関車、ガス等。。。
それ以外にも色々あると思いますが、
一気に江戸時代の陽明学・朱子学にみれらる、日本的・武道的な抑制思想が吹っ飛んだんだと思いますね。
ただ、明治維新が、中世のヨーロッパがルネッサンスで体験したような
思想的な解放をもたらしたのは間違いないのですが、”人間解放”とも言うべき思想を日本人皆が自ら完全に体現は出来なかった気がするんです。
というのもあまりにすばやく、出来合いのヨーロッパ思想をそのまま導入してしまっ
たところが強いからなんです。
結局、日本が達成したのは、明治から大正への目ざましい国家の成長でしたが、
昭和以降の停滞は、テクノロジーを支えるべき自らの思想がまだ欠けているから、
ではないでしょうか?